ショートショート「工場跡地と夏」

工場の跡地で僕たちはいつも落ち合った。
 
通っている中学校では皆ふざけてて、朝来たら誰かのロッカーの蝶番が粉砕されていたし、誰かのジャージには卓球ラケット用のグリスがまるまる1本分吹きかけられて使用不能になっていた。
 
その度に木工授業用のハンマーを持った技術教師が教室に現れては、犯人と思しき生徒の頭にそれをフルスイングし、それを避けたとしても2撃、3撃と追撃が入り、逃げる生徒と追う教師、教室の 端から端までをぐるりと1周する時もあった。
 
最終的に頭を砕かれない生徒はいなかった。
 
頭に包帯を巻いて、その上に学校規程のキツくて硬い学帽を被ったから、クラスメイト全員の頭は化膿して、夏なんかは特にひどい匂いを放っていた。
 
夏休みに入ると僕たちはいつもの様に団地横にあるその跡地に集まって、毎日違う遊びを考案しては実行していた。
 
跡地に打ち捨てられたビデオデッキ付きのブラウン管を割って交代で中に入り、民放に出てくるコメンテーターの真似をした。
落ちていた金属棒をバットに、石をガムテープでぐるぐる巻きにしたものをボールにしてティーバッティングをした。
 
ある日ブラウン管の中に入って世界を見ていると、打ち損ねたゴロ打球が飛んできて僕の頭に直撃した。
その瞬間あらゆる物事が明瞭になり、過去未来現在全ての感覚がクリアーになった。
 
唐突に時間が経過している。
 
時刻は多分夕方の6時、僕はベッドの上で目覚める。
玄関口には放った学生カバンが転がっていて、 下校時からパラつき出した雨はまだ窓を叩いている。
僕の部屋に面した廊下に置いてある室外機を誰かが叩いている。ハンマーのような鈍器で1撃、2撃、3撃、いつまでも叩き続けている。
 
曇りガラスの窓では男か女か老いか若きかもわからず、犯人の判別を諦めた僕は自分の部屋を後にする。
居間には影みたいに輪郭だけになった兄らしき存在がいてスクウェアの新作ゲームに夢中だった。
傘を背中に生やして空を飛んでいる敵が3体画面には映っている。
話しかけても兄はゲームに夢中で返事をしない。
 
玄関でカバンを拾い、僕は家の外に出る。
空は緑色だ。
 
相変わらず室外機に鈍器を打ち付ける音が団地に反響している。
だけど僕はそっちの方を見たくない。
 
足元に落ちていた石を拾って室外機の方向へ投げるとうめき声がしたので、反対方向に逃げた。
 
こんな事ばかりしてて、誰が僕を好きになるんだろう?とふと思う。
 
頭からはひどい匂いをさせて、知らない人に向かっていきなり石を投げて、自分の行動の結果を見届けずに逃げて。
 
行かなきゃ。
僕は行かなきゃ。
僕は工場跡地に行かなきゃ。
 
オレンジ色の雲が緑色の空を流れていく。
 
跡地には頭に包帯と学帽を被せた男の子が3人。
そこに僕が現れて4人になった。
室外機がどこかでブウンと唸りを上げた。
 
やがて太陽が沈み、あらゆる色を見捨てた空が辺りを闇で照らした。
明日は何して遊ぼうかー
どこか遠くへ行くのもいいな。
しんどいね。
嬉しいね。
あはは。
はは。
河原と商店街、陸橋を横切る在来線。
 
僕たちの街。
 
世界は1度終わり、また生まれる。