ショートショート「ステクボ・ハルオ 24歳の冬」

 
僕の名前はステクボ・ハルオ。
24歳。
 
高等学校を出てからごく最近までの記憶が欠落している。
 
最後に憶えていた記憶は卒業証書を校長から受け取り、振り向いた時に見た景色だ。
卒業生一同とその父兄達でごった返した筈の体育館。
数瞬前までは確かにざわめいていた空間。
振り向くとそこには誰もおらず、静寂に覆われたベールの下に何百というパイプ椅子だけが整然と並んでいた。
 
緩めた手の中から証書がはらりと落ち、不規則な落下の後に校長の足元に定着した。
証書を拾って僕に手渡した校長の頭部はずた袋ですっぽりと覆われている。
それから先の記憶がない。
 
 
僕はある種の病気に罹患しているのかもしれない。
ただしこれは長ソファにクライアントを横たわらせ、葉巻を吸いながら内的宇宙の探求にあたるセラピストの領分ではない。
 
横断歩道をスキップして渡る純粋無垢な児童達から死の匂いを独自の嗅覚で検知し、横断旗の代わりに銃を抜くメランコリーな警察の領分だろう。
 
そう、分かっているんだ。
留まり、何かを積み上げるには全てが遅すぎた。
これ以降の時間は世界にとって有害なものにしかなり得ない。
僕は抜け殻だ。
今や内なる火薬樽の瞬きを感じるだけだ。
 
ソファで横になった僕にセラピストは言う。
 
「実際の所、貴方の内なるガソリンは全く減っていないんですよ、ステクボさん」

「20の消耗に対し不安の思考を挟む事により、200の消耗と思い込んでいるだけなのです」

 

鉄の身体の中に含まれる火薬樽だけが僕には明瞭だ。

世界が燃える夢を毎晩見る。

 

「目を閉じて。息を深く吐いて」

「貴方は今、国境 線上空10000メートルに滞空しています」

「眼下には何が見えますか」

 

眼下には怪獣が見える。

世界を解放しようと最大限の破壊を創造している。

戦車を踏み。

戦闘機を払い落とし。

口から発せられた業火が街を焼く。

国境は今や消えた。

世界は一つだ。

 

そこでセラピストがカーテンを開け、部屋に採光する。

本日の診療(サイコダイブ)は無事終了だ。

 

「どうだろうか。そろそろ君の罪について話してみては」

窓からの照り返しに顔を黒く染めながらセラピストが言う。

僕の罪?

セラピストは、いつものセラピストではない。

照り返しから抜け出した彼の顔は僕が鏡で見る顔と同じだ。

 

僕たちはコーヒーテーブルを挟んで向かい合う。

その間にも世界は燃え続ける。

 

「そうです、僕は世界に対する罪を犯しました」

「今この瞬間、君がしたい事は」

「火薬樽の熱を感じたい」

「いいだろう」

 

火薬樽が爆ぜ、そして世界は燃え続ける。

終末の朝に僕は缶コーヒーを自販機から取り出し、プルタブを起こす。

明日はどこへ行こう。