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思い付いた時というよりも、テレビを付けて1人用ソファで寛いでいる時とかに何気なくギターを触っていたりするとそこそこなラインが出来るのでボイスメモで残しておく事がある。


墜落した飛行機の残骸から見つかるボイスオーバーの如く、私が墜落した後に天才的な才能を持った誰かがボイスメモを発見して気紛れに最高のアレンジと作詞をしてくれればそれがハッピーエンドなんだと思う。


デモをデモとして生産する以上の事は、私にはできない。


たまに気が向いてアレンジを完成させようとするが、凡庸さしか引き出せない。


そんな感じの有象無象のデモ群が携帯の中には出されない手紙の山の様に湧き上がっている。


誰かに聴かせたら、誰か次第で進んだりするのかもしれないがそれは他力本願過ぎるし、悲しい事に私のそういった部分に興味を持ってくれる他人というのは結局の所今後も現れないだろう。


そういう予感がしている。


スタジオに誰かを誘ったり、相手の曲をアレンジしたり、世に出す手伝いをしたりというのは割と経験してきたが、荒野に花は咲かないしその日が来るまでに魂は燃え尽きてしまった様に思える。


野球帽を被り、血豆をこさえた指でバットを握る野球人形が私の目の前にいて、それは静かに泣いている。


白馬の背に乗って草原を走り去ってしまいたい。


最早今の私はこんな感じなのかもしれない。