ショートショート「バーとサードアイ」

彼は愛車でやり過ごす。

真夜中のハイウェイを、空白の時間を。

 

ガソリンはあとわずか、速度はインド高僧の所有するプライベート・ジェットより少し遅い位だ。

彼は出口を探している。

差し当たってはハイウェイの出口を。

 

速度降下を促す標識が左側に見え始め、62番出口の存在を示す。

気分は落ち込んでいる。

そこでダッシュボードに散乱した錠剤を右手で集めて、缶コーヒーで飲み下す。

ハンドルを左に切り、出口を下っていく。

 

出た所にはbarがあり、看板には「soon」とある。

停車場に車を停め、エンジンを切る。

 

少しの間、彼は運転席に座ったままでbarとは逆側の窓から夜空と星を眺める。

人の営みとやらがこの世界で未だ続いているとは信じがたい程に辺りは静かだ。

 

案外世界はもう終わっていて、その帰結として人類も終わり、彼はお伽話が終わった後、その中で一人生き続ける語り部なのかもしれない。

それもbarに入れば分かる、と考えたのか彼は車を降りてダイナーのドアを開け中に入る。

 

コの字テーブル、床から天井までの高さのガラス窓の向こうには夜空と星。

テーブル席はあるものの誰一人座っていない。

コの字の真ん中、その空白箇所に収まる様にマスターらしき中年男が立っているだけだ。

囁く様なボリュームで音楽が鳴っている。

 

「welcome-」

 

マスターが独り言の様に言う。

店の印象は盆の町と言った所だ。

 

街灯が誰も居ないアスファルトの道路を照らす、陰影がはっきりとした情景。

無機物ばかりが存在感を出す、居ない事で賑わいを想像させ、静寂がより静けさを増す。

そんな盆の情景。

 

彼はマスターの目の前、コの字の下辺にあたる席に座る。

囁き声の様だった音楽が、この位置では少し聴こえやすくなる。

 

"貴方の生まれた 1962年の空はー”

演歌だろうか?

 

「何処かでお会いした事が?」

 

水を出しながらマスターが尋ねる。

彼ーヒロムタ・オサムは何も返さない。翳りのある表情で窓の外の闇を眺める。

あるいはマスターことワダツミ・ウミノスケの独り言だったのかもしれない。

 

"まるで 貴方の排泄物の 様でした”

 

「ご注文はー」

 

「いつものを」

 

"もしも 願いが叶うなら 嗚呼 夢の中”

 

「”grandma, wait for u”です、どうぞ」

 

「この味、変わらない…」

 

「ありがとうございます、前回から62104日振りのご来店でございます」

 

"一度でいいから 見てみたい 嗚呼 夢の底”

 

「裏口はあいてるかな?」

 

「えぇ、幸い今夜は磁場が安定しておりますから」

 

"貴方は 豚食い”

 

「ただ…」

 

「ただ?」

 

「世界は常に流転(slide)しております。前回と同じ結果(cause and effect)になるとは期待しないでください」

 

"夕暮れ 部屋の中”

 

「前回、あの裏口を開けて出た先には部屋があった」

 

「四畳半のフローリングで、窓際に置かれた机の上に甲虫の模型が載っていた」

 

"真ん中に ロープと人”

 

「甲虫ですか?」

 

「そう、プラスチックで出来たそれを、俺は見つめる事に集中した」

 

「しばらく後に窓から鳥が入って来て甲虫を啄ばむまでー」

 

啄ばまれた接続部分が取れ、中からメモ書きが現れたー

 

“welcome to the long and winding road

 

と書かれていた。

 

「裏口、借りるよ」

 

"貴方の排泄物を受け入れ 床が光る”

 

open the door…

 

ドアの奥に見える、吊られたもう一人のヒロムタオサムが発光する。

 

"床が光る”.

 

それを見た「こちら側の彼」ーヒロムタオサムの額に第3の目が発現する。

 

先生(grandmaster)ー

 

待ってるね・・・(i’m waiting for you)

 

 

to be continued...