ショートショート「コーラと河原」

生まれてから20年、その大半を床で過ごした。

ヒトというのは人生の3割方を床で過ごす様に出来ているそうだ。

僕の場合は生まれてからほぼ一日中布団の中に居た訳で、生死の折り返し地点に着く前に3割を超えてしまいそうだ。

病気の正体は分からない。
毎朝起きると四肢に激痛が走る。
水を一定量以上飲むと必ず嘔吐するので、いつも目盛りの付いたペットボトルを枕元に置いている。
学校なんてもちろん通った事もない。
両親は遠くに住んでいて、ヘルパーが一日に3回やってくる。

心の慰めと言えばコーラだ。
炭酸を含んだ黒い甘露。
時々ヘルパーが買って来てくれた。
コーラの分量だけ水は減らされた。

その日は一人で床を抜け出し河原へ出た。
いつもは車椅子で連れて行ってもらうのだが、何かしらの予感を感じ身体が日光を欲していたのだ。
四肢の激痛を薬で抑え、杖をついて河原まで500mの距離をゆっくりと歩いた。

到着後は川沿いに歩いているとコカ社製のそれが道端に落ちていた。
赤と白のお馴染みのパッケージのそれは未開封だったが、どうにも中身が緑色の様に見えた。
しかし久しぶりの遠出で喉が渇いていたので思わず拾って飲んだ。

そして僕は「完成」した。
 
あれはコーラなどではなかった。
四肢の痛みは消え、得体の知れぬ力が漲った。
太腿の中にまるでマグロが何千、何万匹と棲み出したかの様であった。
 
 
そんな僕をススキの中から観察する男が一人居た。
彼は「博士」だ。
 
これは少し後に本人から聞いた話だ。
 
 あの日よりだいぶ前、博士は遂に長年の研究を成就させた。

それを飲んだ動物の運動機能は著しい発達を遂げる。
まるで体内を何千何万というマグロの群れが駆け巡る様な感覚を覚える。
 
市販されているコカ社製ドリンクの中に含まれる何らかの成分がその効果をより引き立てるそうだ。
博士は350mlボトルにそれを二錠溶かし、電線に止まっている雀達の声を聞きながらしばし物思いに耽った。

既にモルモット、チンパンジークマトラ、王将のバイト学生に対する実験投与は済み、いよいよ人間に試す段階となった。
成功すれば近代体育に革命を引き起こせるだろう。

しかし、博士の思惑はそうした健全な所にはなかった。
 
博士は子供の頃、神童ばかりを集めた施設「三高の里」に居た。
彼は同じ年齢の児童達と共に、昼夜を問わずあらゆる英知を叩き込まれた。
幼き博士にとって心の慰みはテレビアニメでやってた超人ものの番組だけだった。
普段うだつの上がらぬヒーローが謎の草を食む事により、緑色の肌をした筋肉のバケモノに変化する。
 
博士は「彼」に会いたかった。その一心で研究を続けてきたのだ。

そして彼は研究所近くのアパートに住む虚弱体質の青年、つまり僕に目を付けた。
僕のコーラ嗜好、長年のルサンチマンを調べ上げた上でヒーローの資質充分と彼は判断した。
そして僕の後をつけて、通り道にそれを設置し、僕が飲み、事は成ったという訳だ。
 
「まずは何から始める?」
 
博士の心地良いバリトンボイスが河川敷に響く。
 
大きな力には大きな責任が伴う、と昔観た映画で誰かが言ってたっけ。
僕はこれまでの人生を取り戻すべく動く事にした。